ふらふら、ふらふら

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埼玉県春日部市が見せたひとつの「気持ちの補償」

 今日、埼玉県春日部市が今年の成人式を中止すると発表した。このご時世だから、成人式が中止になるのも仕方ない。

 中止に当たって、春日部市は、新成人へのメッセージ配信と記念品の引き換えを行うとした。ここまではだいたいの市町村がやっている。そのほかに

令和4年1月に改めてお祝いする機会を設けます。

と。さらに、春日部市長メッセージも同時に発表されていて、この中には

このような緊迫した状況を踏まえ、1月10日に春日部市民文化会館にて開催を予定していた式典を中止し、来年1月にお祝いする機会を設けることといたしました。

と述べるとともに、

皆様にとっては1年遅れの成人式となりますが、来年の同時期に改めて皆様を心からお祝いする機会を必ず設けたいと考えておりますので、今は感染拡大防止のため、集団での会食等の自粛を切にお願いいたします。

とした。

 今年は中止する、だけど、来年必ずやると。わたしは、これを見て、本当に驚いた。COVID-19パンデミックによる「自粛」による補償についてはあちこちで喧々諤々論じられている。だけれども、本来できたはずのことができなくなったことによる「気持ち」や「感情」のことはまったくと言っていいほど無視されている。

 

 昨年、北大生が作成していた「No More Coronaなテンプレ集」の一部にくさくさした気持ちを抱いていた。

 くさくさしていたのは、「【より素敵な旅行にするテンプレ】」で、「人生100年時代。楽しみは後にとっておいても良いのでは?」と無責任にも提案していたこと。「後に」旅行できる保証なんてまったくないし、もしかしたら旅行できないまま人生を終えてしまうかもしれない。もっとも、さすがにそこまでは一北大生の手に余ることではあるのだが。それにしたって、「後に」したイベントをできるように声を上げるとか、それくらいのことはしてくれてもいいじゃないとは思う。そういう、イベントを諦める人々の気持ちをあまりにも無視していたからくさくさしていた。

 

 ところが、春日部市はそういう「気持ち」を無視しなかった。延期はするが、イベントを失わせはしないと決意表明した。これもひとつの「補償」だ。補償って、お金の問題だけではない。そのことを知っているであろう春日部市のこの素晴らしい英断をわたしは称賛する。

 

 
 

参考 春日部市の発表