ふらふら、ふらふら

あっちこっちふらふらしている人間が何かを書いてます。

懲りない面々

最近、ふと思い立って、何件か裁判傍聴をした。全部道交法違反の事件。道交法違反、たいていは反則金か略式命令で終わっちゃう。だから、わざわざ公判請求されるのは飲酒運転して捕まっても懲りない面々。傍聴していると、はぁーとため息をつきたくなるくらい、「懲りてない」。飲酒運転で略式命令を受けてから2か月も経たないのにまた飲酒運転で物損事故を起こすとか。職業ドライバーなのに飲酒運転しちゃうとか。しかもクビになって以後の生活をどうするか裁判官に聞かれて初めて「明日から考えます」と答えるとか。はたまた前科〇犯持ってるとか。まあ、ことごとく懲りない面々なのである。こういう人たちにもう免許を持たせてはいけないと思うんだけど、所定の期間が過ぎたら何食わぬ顔して免許取るだろうなとは思う。

そんな懲りない面々を見ていて、ふと思った。日本という国も、相当に懲りてないのではないか。先の大戦をめぐるあれこれ。あれこれ論争はあれど、先の大戦で日本政府が人々をぞんざいに扱ったのは、揺るぎのない事実。日本国内でも、さんざんなことをした。その一例が次にまとめられている。

https://togetter.com/li/672026

で、いままたもや道徳の教科化とかいろいろやっている。どれだけ困っていても政治に不満を言わず、「自分に原因があった」と「自己責任」として処理させようとする。最近、ネットで一部の人達(と信じたいが)の意見を見ていると、政権に文句を言うなどけしからん、自己責任、文句を言う人間に原因があったんだと批判する流れが強くなっている。政治の仕事は、ひとびとの生活をよりよくすることで、その仕事をできなければ批判されるのは当然。どうも、政府の言うとおりにするのが当たり前という風潮が強くなっている。

それを支えているのが「長いものに巻かれるべき」という通念だったりする。そういう通念、ものすごく当たり前のように浸透している。そんな通念を利用する人はどこにでもいる。拉致問題解決の署名を町内会を通じて集めるとか、30人学級実現の要望署名を三者面談の時に募る教師とか。イデオロギーはどうも関係ないようだ。

そういうあれこれを見ていると、あ、まだ日本は懲りてないな、と思う。「長いものに巻かれるべき」「政府に従順に従うべき」という通念によって、政府は人々をぞんざいに扱うことができた。それが先の戦争の悲劇につながったわけだが、そのことを反省しているようには見えない。冒頭で紹介した、飲酒運転して事故を起こしても懲りない面々と同じ。

ひとびとの暮らしをよりよくするためにはどういう方法がより優れているか、そういう競争・論争をするのが政治の役割なんだけど、その役割を放棄して、困っていてもすべては自分に原因があるのだから自己責任だよ、と説教をする。

そういう懲りない国であることは、よくよく踏まえた上であれこれ考えないとならない。