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「べきおばけ」との闘い~「健康で文化的な最低限度の生活(8)」感想

いろいろ書きたいことが多すぎて、ついつい先延ばしにしていたnote。健康で文化的な最低限度の生活(8)を読んだ。

この巻のみどころは、「〇〇なら〇〇すべき」「常識で考えたら〇〇すべき」などの「べきおばけ」と、ケースワーカー・栗橋と栗橋が担当する生活保護利用者・佐野美琴さんの闘いだ。

読んでて感じたんだけど、「べきおばけ」って、社会というか、体制というか、そういうものにとって都合がいい選択をさせようとするんだよね。生活保護を受けているんだから、子どもは中絶する「べき」とか。ひとの人生に、そんなにやすやすと介入していいんだろうか。ひとの人生をコントロールするのが社会の本当の仕事なんだろうか。違うでしょう。

有形無形のさまざまな手助けをして、そのひとが望む生き方をできるようにしていく。これが本当の社会の仕事じゃないだろうか。

ケースワーカー・栗橋と、佐野美琴さんは、社会の目が決して好意的ではないことを知りながら、それでも、いま社会にあるさまざまなリソースの助けを借りて、望む生き方を築いていこうと奮闘した。その奮闘は、(フィクションではあるけど)敬意の念を持つにふさわしい。

「べきおばけ」と、それを突き付ける人は、つまるところ、「あなたはひとりで生きて行け」と、三下り半を突き付けているだけではないか。三下り半を突き付けられて、そんな中で孤独に生きていくのが「自立」なんだろうか?果たして、本当にそんな孤独に生きている人がこの世の中にどれくらいいるんだろうか?「社会にとって都合がいい生き方」をしている多くの人には、自分は自立していると自負するだろう。だけど、そういうひとの「自立」も、多くの社会資源に支えられて実現しているわけで、そういうひとにだけ都合がいいように最適化してあるだけのことだ。

そんなことを考える一冊だった。次は「貧困ビジネス」編。来年冬の刊行予定とのこと。楽しみに待ちたい。