ふらふら、ふらふら

あっちこっちふらふらしている人間が何かを書いてます。

「門外漢」だらけの世の中での、コミュニケーションの難しさ

ひき桜の帰り、電車の中で読んでいた。

https://www.amazon.co.jp/dp/4624011236

この本の内容を要約するのは、わたしの手に余ることなので、興味があれば実物を読んでほしい。

いちおう最後まで読み終えたのだが、この本でハーバーマスが指摘していたことを、まさに目撃した。

たまたま通りがかった駅の改札口で、乗客が「普段の時間よりも短い時間で電車が走っていた。危なっかしくてしょうがない。それでも安全なら、普段から同じ時間で走れ」とクレームをつけていた。なんでそんなことが起こったのか、少し鉄道に詳しい人なら簡単に説明できるんだけど、鉄道に詳しくない門外漢相手にそれを説明するのは骨が折れる仕事。こういうことが、世の中には山ほどある。「公共性の構造転換」でハーバーマスが次のように指摘していたことがそのままそっくり目の前で展開された。

国家行政と社会管理との官僚制化が進行するにつれて、高度に特殊化された専門家たちの権能は、事柄の性質上、論議する団体による監視からはますます隠されていかざるをえないようにみえる。

―ユルゲン・ハーバーマス「公共性の構造転換」細谷貞雄・山田正行訳、303ページ

鉄道の運行のからくりも、門外漢にはなかなか理解できず、その結果が件の乗客のクレームだ。もちろん、その乗客のクレームは、公論と呼ぶには値せず、ただの口論なのだが、公論たり得なかった理由は、ハーバーマスの指摘した通り。

この本でハーバーマスは、公共的な議論が、福祉国家化によって、相対する利害を有する者による利害対立に変貌したことも指摘していた。

ここで思い出したのは、おととい、進修館の前で「ひきこもりは社会に負担をかけるな」と言ってきた人間との口論。およそ公論とは言えない口論ではあったが、公論たり得なかったのも、ただの利害対立だったから。ひきこもりはひきこもりの利益を主張したし、反ひきこもりの(おそらくは)高齢男性は、自分の利益(要するにがん患者の利益)を主張した。単純な利害対立だった。わかりやすいね。

駅で駅員に絡んでいた乗客も門外漢なら、ひきこもりに因縁をつけた高齢男性も門外漢。それに対してがん患者への福祉を削減してもいいのだなと反論したひきこもりも門外漢。みんな門外漢で、門外漢同士のコミュニケーションはどうしても難しくなる。そのほかにもさまざまなことが指摘されていたが、こうして、公共的な議論は失われていった(とハーバーマスさんは書いた)。

参考 どうして普段よりも短い時間で電車を走らせることができたのか

答えは簡単で、通常ダイヤに余裕を盛り込んでいたから。線路の状況や電車の性能をフルに発揮した時に必要な所要時間よりも、ダイヤ上の所要時間を長めにしておいたから。なんでそんなことするかと言えば、ギリギリの所要時間でダイヤを組んだら、一度遅れた時にほかの列車にどんどん影響するし、ダイヤの回復がとても難しくなる。それでも、日本には、ギリギリの所要時間でダイヤを組んだ鉄道会社が存在した。JR西日本という鉄道会社。ギリギリの所要時間でダイヤを組んだ結果、一分半の遅れを取り戻すために危険な速度で電車を走らせて、尼崎で大事故を起こしたのは2005年のこと。普通の鉄道会社は、ある程度の遅れまでは容易に回復できるように、余裕を持ってダイヤを組む。特にあちこちと乗り入れをしている会社は、余裕を多めに取る傾向がある。普段余裕を持って走っていたのを、線路や電車の性能をフルに発揮して、普段より短く走った。これが普段より短い時間で電車を走らせることができたからくりである。